2015/04/23

007 Faith


実家は仏教で日本では葬祭以外お寺やお墓参りに行く習慣はなかったし、家にある仏壇に手を合わせる事もお盆や年に数えるほどしかしませんでした。

こちらに来てから友人のKimberyの家で毎週火曜日に開催される「Life Group」というものに参加しています。みんなでバイブルを読んで、ジーザスの教えを理解していくというもので、当然コレはクリスチャンのひとが集って開く会なんだけど、特に宗教観のない一応仏教徒のわたしも参加させてもらっています。

参加メンバーの毎週のアップデートを聞いて、聖書からピックアップした箇所をみんなで読み解いていくんだけど、例えばLife groupのチャットに今朝きてたこんなのとか...

「ARE YOU IN THE CORRECT LINE?」"あなたは正しい道を進んでいますか?"
神が与えた人生の目的を知って、目一杯この人生を生きていますか?とあります...。ふむふむ、なるほどと考えさせられる訳です。果たしてどうだろうか?私の場合は自由人だと気づいてしまってからNOMADライフをはじめて好き勝手やっているけれど、これが正しい道であるとは到底思えません。むしろかなり外れた道に進んでいるだろう!笑

さて話を戻しますが、聖書にはジーザスが産まれる以前の歴史の話から天国とか地獄の話、ジーザスが弟子たち宛てた手紙の話などいろいなストーリーが載っているんだけど(ざっくりですみません)、要するに"ものすごい大きな力をもった神(ジーザス)はあなたを無条件に愛していて、信仰心さえあればあなたはいつも彼に守られており、あなたの望む事は神の助けによって必ず現実になる"みたいなことが書いてあります。聖書はバイブルというだけあり、なかなか面白い本です。噛み砕くと古くから読まれているみんなの自己啓発本のようなものです。とはいえ堅苦しさはない。笑っていいとも!とか笑点とか、そういった番組を想像してもらうとわかりやすいでしょうか。みんなに親しみのある長寿番組!的な。(的か??)

聖書で語られている内容は実はスピリチュアリズムでいわれていることと一致します。スピリチュアリズムでは神を光と表現するけれど、チャネリングとか引き寄せの法則とか、清く念じれば光の大きなパワーによって心にある願望は実現されるし、すべてはいい方向にいく。みたいなことを言っているのは一緒です。そしてブッダも恐らくこの光の遣いであり、ジーザス氏と同じようなパワーで人々に光のマインド=愛と平和を広めたんだと思われます。だから私が理解するにどの宗教も元を正せば出所は同じなのだと思います。

個人的に信仰に関しては日本人らしくどっちつかずで偏らないことを信条としてますが、「信じれば救われる」ってのは一理あると思っています。Inner peace=心の平和は信仰心に付随する"祈る"という行為によってかなり得られる気がするのです。信仰心のない我々にとって祈ることが日常化している他の国の人々の習慣が不思議に見えるわけだけれど、見よう見まねで教会に行ったりライフワークに参加してみると、ふと自分のマインドや不満や願望の整理に繋がり、それが心の平和になるのです。少なからず"信じる心"はひとを強く優しくするものだと思います。

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